kako


 

4度目の奇跡へ 〜ヒシミラクル〜

05/04/29



ヒシミラクル








この子の名前を初めて耳にしたのは、平成14年10月20日でした。 その日はあいにくの雨。家でうだうだやっていて、「ああ、菊花賞だったな、今日は・・・」 と思い、TVをいつものチャンネルに合わせました。

その年のダービー馬タニノギムレットが、屈腱炎で早々に舞台から去り、 ダービー2着のシンボリクリスエスが天皇賞(秋)に出走が決まっていたため、 下馬評は専ら皐月賞馬のノーリーズンに集中していました。
前走の神戸新聞杯が重賞初出走のミラクルは、このレースでクリスエスの後塵を拝して6着に破れ、 特に話題を集めてもいなくて、その他大勢の中の1頭でしかありませんでした。






本番。






スタート直後に起こった1番人気ノーリーズン武豊の落馬。 スタートの歓声が悲鳴に変わった瞬間でした。そうした波乱のなか、ダイタクフラッグと ローエングリンが引っ張る速い流れでレースは進み、ミラクルは後方から淡々とレースをこなしていきます。

しかし僕の視界には全く入っていませんでした。3コーナー過ぎの坂を下るところあたりから 角田ジョッキーの腕が前後に動き始めました。角田Jが既にめいいっぱい追っている姿が 視界に入り、このレースで初めてミラクルを確認しました。ミラクルは馬群のまん中あたりを回りながら 徐々に先団に迫り、直線を向いたところで先頭集団に並びます。先頭は同じように進出してきていた メガスターダムで、ミラクルは2、3番手。既にこれだけめいいっぱい追っていたら、 普通はバテて一瞬見せ場を作るくらいに終わるので、「あ、もうだめだな」と、気にも留めませんでした。


しかしミラクルは全くバテていませんでした。距離不安を残していたメガスターダムもバテていませんでした。 直線は2頭の追い比べ。残り150mほどでミラクルが先頭に出るも、二の足を使い、 必死に食い下がるメガスターダム。そこへ大外強襲のファストタテヤマが猛然と一間歩ずつ差を縮めてくる。 そして先頭に立っていたミラクルがファストタテヤマに一瞬にして交わされそうになった瞬間、ゴール。


タテヤマをハナ差抑えてのゴールでした。

特に感動もなく、何だよ、こんな馬券なんか取れないって・・・と少し興奮したくらいでした。






しかし、ふと思い返しました。初重賞制覇がGI菊花賞。実はこういう馬は多く、しかもその後大成するケースが 多いのです。
マンハッタンカフェ、マヤノトップガン、メジロマックイーン、ライスシャワー、 スーパークリークなど。
こうやって名を挙げると凄いなあ。

それに菊花賞馬はその年の有馬記念に強い。これは期待できるぞ!ということでファンになりました。 芦毛というところも惹かれた一因かもしれません。


その後ミラクルは、期待した有馬記念に出走するも11着。翌年の阪神大章典、大阪杯を使うも、 12、7着と、いいところナシで終わります。なんだ、一発屋かぁ・・・と諦めていたその次のレース。








平成15年天皇賞(春)。








ミラクルは再び起こりました。








低評価を覆し、GI2勝目。








一発屋じゃなかったのです。








そして次の宝塚記念。

このレースでは、その年のダービー馬ネオユニバース、前年の有馬記念優勝馬シンボリクリスエス、 ツルマルボーイ、タップダンスシチー、アグネスデジタル、イーグルカフェ、ダイタクバートラム、 ダンツフレームなどなど。近年の宝塚記念では豪華なメンバーが揃っていましたが、それを勝ったのです。








3度目のミラクル。









これは本物だと身震いしました。ちなみに余談ですが、ミラクルおじさんはこのときに伝説となりました。 しかし結果的にそのことが拍車をかけ、ミラクルの人気は急上昇しました。ファンが一気に増えていきました。








秋初戦。(緒戦?)




京都大章典。

下馬評ではタップダンスシチー、ヒシミラクルの2強とささやかれ、その結果はタップの2着だったものの、 強いミラクルを見せてくれたレースでした。負けても評価が下がるレースではありませんでした。 その日東京競馬場に行っていた僕は、毎日王冠とこの京都大章典で当てて払い戻されたお金で、 あろうことかミラクルのぬいぐるみを買ってしまったのです。
何故“しまった”なのかと言うと、改装前のこのページにも書いたことがありましたが、 僕がぬいぐるみやグッズを買うと、その馬は決まって不幸に見舞われるのです。



ワンダーパヒューム→骨折予後不良



サイレンススズカ→骨折予後不良



ナリタブライアン→引退後、腸捻転で死亡



タマモクロス→腸捻転で死亡



ラスカルスズカ→屈腱炎で引退



など・・・



いやな予感は的中です。


数日後、ミラクルは怪我により長期休養を余儀なくされたというNEWSが飛び込みました。
何の因果があってこんなことに・・・_| ̄|○


悲しんでも仕方ないので、再び元気にターフに戻ってこられるよう祈りました。 ミラクルは温泉療養で怪我を治療し、1年が過ぎました。








そして去年、平成16年の天皇賞(秋)。


ミラクルはターフに戻ってきました。

ほぼ1年ぶりのレース。ファンは皆、無事にまわって来たらそれでいい、という気持ちだったでしょう。 あ、でもセイウンスカイの天皇賞(春)超大差負けみたく、あまりにも遅すぎるってのは嫌だけどw
結果は16着。ブービー。しかし無事にゴールすることができました。

そして復帰2走目、ジャパンカップ。先行して4コーナーでは一瞬見せ場にはいたものの、 直線は後退する一方で、なんとか6頭に先着し、9着。






復帰3走目、有馬記念。

叩き3走目ということと、人気に支えられ、地味に6番人気。
しかし14着。またしてもブービー。
それでもファンは温かい目で見て、これでも良しと思っていたでしょう。












だが、












もしかしたら、もう引退かもしれない。












そんなことも頭をよぎりました。

それほど走りは良く見えませんでした。

一生懸命走る姿は見れました。

元来真面目な子なので、手を抜いて遊んで走っているようには見えませんでした。

やはりブランクもあって、力が戻らないんだろうな。








そんなことを考えながら年を越え、今年2月19日の京都競馬場。
京都記念。


ミラクルの今年初戦。
GI3勝してるということで、斤量が60kg。かなり重いハンデを背負っていたにもかかわらず、 あの菊花賞と同じように、3コーナー過ぎからスパートし、直線に入って追い上げます。
思わず声を上げ応援しました。















「ミラコー!ミラコー!ミラコー!ミラコー!ミラコー!ミラコー!ミラコー!
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
ぃよっしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
















ミラクルは3着に入着したのです。


「やった!ミラクルが3着に来た!すげえ!いやっほぉぉぅうう!!」


















一人の部屋に虚しくこの声が消えていきました(;´∀`)















まあ、メンツがそれほど揃ってなかったからかもしれないのですが、復調の兆しを大きく見せたレースでした。








そして今週末は天皇賞(春)。








どうやら混戦模様です。もしかしたら、4度目の奇跡が起こるかもしれません。









奇跡は起こして初めて価値がある。








今回は頑張って欲しいと、大きく期待しています。

でも人気は上がってほしくないなぁ。







京都、行ってきます。3年ぶりだな。


【ヒシミラクルのこれまでの成績(簡易版)】
27戦 [6-3-4-14]
中央収得賞金 51,498.9万円
主な成績 菊花賞(GI)優勝・天皇賞(春)(GI)優勝・宝塚記念(GI)優勝・京都大章典(GU)2着


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